大判例

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最高裁判所第二小法廷 昭和57年(オ)1132号 判決 1983年9月16日

上告人

大井啓逸

右訴訟代理人

奥野兼宏

河村正史

被上告人

坂本健次

右訴訟代理人

城田冨雄

主文

原判決を破棄する。

本件を東京高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人奥野兼宏、同河村正史の上告理由について

本件記録によると、上告人の本訴請求は、(一) 被上告人を控訴人、その訴訟代理人を弁護士田中豊恵とし、上告人ほか六名を被控訴人、右七名の訴訟代理人を弁護士奥野兼宏ほかとする東京高等裁判所昭和五二年(ネ)第二一四七号所有権移転請求権仮登記抹消登記手続等請求控訴事件の昭和五四年一一月九日午前一一時の和解期日において、第一審判決添付別紙和解条項記載のとおりの和解が成立した、(二) 上告人と被上告人とは、右同日、右各訴訟代理人の間において、右和解成立の前提として、右和解条項第一項記載の昭和五五年四月末日までに、被上告人は上告人に対し和解金二五〇〇万円を支払うこと、右期限に被上告人が右二五〇〇万円を支払わない場合には右二五〇〇万円に違約損害金一〇〇万円を加算した金員を支払うとの合意をした、(三) しかるに、被上告人は、上告人に対し右金員の支払をしないので、上告人は、被上告人に対し二六〇〇万円とこれに対する昭和五五年一〇月一日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める、というのである。

これに対し、原審は、上告人は、本件裁判上の和解に先立つて上告人主張の和解金支払を内容とする裁判外の和解が成立していた旨主張するが、右裁判上の和解の和解条項が第一審判決別紙のとおりであること及び右和解に無効又は取消の原因となるような瑕疵の存在しないことは当事者間に争いがなく、右和解条項第五項を見れば、同第一ないし第四項において各登記抹消義務と引換えとされた金員の支払が被上告人の義務ではなく、単に右登記抹消義務履行の条件とされているに過ぎないことが明らかであり、仮りに裁判外で上告人主張のような合意があつたとするならば、その合意は右第五項によつて変更され、これにより右合意による被上告人の金員支払義務は消滅したといわざるをえないから、上告人の本訴請求は主張自体失当であつて棄却を免れない、との判断を示して上告人の本訴請求を棄却した。

しかしながら、不動産についての所有権移転請求権仮登記等の抹消登記手続請求事件において、仮登記等の権利者が右不動産の所有者からの一定の金員の支払と引換えに右仮登記等の抹消登記手続をする旨の裁判上の和解をする一方、右和解成立の前提としてあるいは右和解内容を補完するため裁判外で右不動産の所有者が右仮登記等の権利者に対し右仮登記抹消義務履行の条件とされている一定の金員を支払う旨の上告人主張のごとき合意をするというようなことは世上決してありえないわけではなく、また、そのような合意が許されないとする実定法上の根拠もないから、裁判上の和解に無効又は取消の原因となるような瑕疵がなく、かつ、裁判上の和解の条項に不動産所有者の金員支払義務が明記されていないからといつて、直ちに上告人主張のような合意の成立が否定される道理はないといわざるをえない。しかるに、原審が、上告人主張の合意の成否について証拠に基づき明確な判断を示すことなく、漫然と前記判示のような理由でたやすく上告人主張の合意の成立を否定したのは、和解に関する法令の解釈適用を誤つたか、審理不尽、理由不備の違法を犯したものというほかない。のみならず、原審が仮定的に認定した上告人主張の金員支払債務消滅の事実は、上告人の前記請求に対する被上告人の抗弁事実に該当し、これを認定することによつて右請求を排斥するためには、被上告人からその旨の主張があることを要するものと解すべきところ、本件記録上、被上告人において右債務消滅の主張をした形跡が窺われないから、原判決には弁論主義に関する法令の解釈適用を誤つた違法もあるといわざるをえない。そして、右各違法は、判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。

よつて、上告人主張の合意の成否につき更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととし、民訴法四〇七条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(宮﨑梧一 木下忠良 鹽野宜慶 大橋進 牧圭次)

上告代理人奥野兼宏、同河村正史の上告理由

第一、原審(東京高等裁判所)の審理は審理不尽であつて、著しく正義に反するものである。

一、(一) 原審において開かれた口頭弁論期日は、

(1) 昭和五七年四月二六日午后一時

(2) 同年五月三一日午后三時

の二回のみである。

(二) 被上告人(原審控訴人)は、「原審(一審)は証拠の価値判断を誤り事実を誤認した」旨の簡単な主張をなしたのみである。

(三) そして原審は、「主張自体失当である」という、後述の通り理由にならない理由で、いわゆる逆転判決をなした。

(四) 控訴審における訴訟人の主張立証活動が不備不熱心であるなどの理由により「控訴棄却」の判決言渡をする場合ならまだ別論としても、一審判決を覆す判決言渡をなすにしては結論を急ぎすぎていると言わざるを得ない。

二、一審判決が敗訴であれば、上告人は、原審において、「和解成立后における被告本人による支払義務の確認(の事実)」の主張を追加的あるいは予備的になしたり、更には、「第一物件目録記載土地に係る登記の抹消と金二六〇〇万円の支払を引換えに関わらせる」旨の主張を予備的になすなどの「手当」をなし得、そうすれば原審はまた異る結論になつていた可能性が存するのである。

三、審理を尽し、問題点を解明し、一気に紛争終了を図るべきであるにもかかわらず、その責務を遂行せず、紛争を持ち越し、更に助長する危険さえも与えているのが原審判決である。

第二、原審判決は理由不備ないし理由齟齬であつて、前述の審理不尽と相俟つて著しく正義に反する結果となつている。

一、判決書第二丁裏四行目、「なお付言するに、……」から第三丁裏六行目「……ほかに途はないものと考えられる。」迄は、意味不明である。

二、理由の第二項の冒頭に、「そうすると、……」とあることは、前記、上告人が意味不明と主張する部分も判断に入れて理由第二項末尾の結論に至つているものと考えられるがこれでは全く理由となつていない。

三、前記意味不明と主張する部分について、断片的にかつかろうじて理解すると紛争を持越し、かつ助長する結果となる。

第三、原審判決は、民事訴訟法の基本理念であるいわゆる「弁論主義」に違背している。

一、原審判決は、「仮りに裁判外で被控訴人主張のような合意があつたとするならば、その合意は右第五項によつて変更され、これにより右合意による控訴人の金銭支払義務は消滅したといわざるをえない。」「それ故……主張自体失当である」旨判示しているが、被上告人は右旨の申立ないし主張はしていない。

二、和解(条項)外での支払約定の存在を否定し続けていたのが被上告人の主張である。

三、そして右約定の存否に関する「証拠の価値判断の誤り」が控訴の理由であり、支払約定の合意についての立証の問題としてとらえていたのが被上告人の立場である。

第四、原審判決は、民事法の基本理念たる「契約自由の原則」に違背している。

一、上告人が主張しているのは当事者間における金銭支払の合意である。

そして、第一審において右主張に副う充分なる審理ならびに立証が尽くされ、その結果が一審の請求認容判決となつたのである。

二、原審判決は、「主張自体失当」として、当事者間における合意を存在の余地なし、としているが、あまりにも独善的見解である。

三、矛盾する約定・対立する約定であるならば、一つが成立すれば他は成立の余地なしと断定出来るかもしれないが、両立する約定であるならば、両約定の併存を主張することが「失当」である訳がない。

四、裁判上の和解が優先し、裁判上の和解の通過によりすべてが吸収され裁判上の和解が通過した後には何物も存せず新たに芽を吹くことも不可能である。すなわち裁判上の和解が唯一絶対のものであるとの御見解とすれば、あまりに権威主義的であつて、国民の裁判からは遊離してしまつていると言わざるを得ないこととなる。

五、なお、訴外港企業株式会社は、一審において敗訴判決を受けながら控訴を断念したのであるが、これは大筋において認容されたので、遅延か否かという枝葉の問題で争いを続けないという潔い考え方によるものである。「主張自体失当」と第一審で言渡されていれば右港企業も上訴の途をとつていたこと明きらかである。

第五、原審判決は、「一審強化」という、二十数年来、最高裁判所が強調し続けて来た裁判の指導理念に反する。

一、前述の通り、原審判決は全く証拠調べもせず、二回の口頭弁論期日を開いたのみで、一審判決を覆してしまつた。

二、「原告の主張自体失当」という原審判決の判断をそのまま素直に解釈すれば、「一審裁判所は何をしていたのか。もともと失当な主張をめぐつて、時間をかけて立証・反証活動をさせるなど全く馬鹿なことをして。」ということになる。

三、裁判所を利用する立場の国民に一番近い位置にいて、国民の思考や吐息を肌で感じ得る裁判官がそれなりに審理を尽くし、悩んだ上で出した結論をあまりにも蔑ろにしている判決と言わざるを得ない。

四、前述の通り、共同原告であつた港企業(株)の上訴権を実質的結果的に制限し、一審強化方策に反する原審判決は違法である。

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